| 東京浪漫劇場 > インデックス > 東京湯屋巡礼 > 月の湯[目白台] |
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★おかみさんの気配りが嬉しい名銭湯 2006年も押し迫った頃、都内の名銭湯のひとつである目白台の月の湯が年内いっぱいで休業すると聞いた。もう何年も前、散歩の途中に月の湯に出合って以来、その佇まいにいつか必ず入りたいと思ったものの、それ以降に傍を通るときにはいつもシャッターが下りていた。この界隈は、なかなか入る気になって出かけないと私の住まいからは行きにくい場所でもあった。 友人に、月の湯を自宅の風呂のように使う店子がいる。以前から彼女には、最近の月の湯は営業時間を短縮したり、休みがちだったりするから早めに行ったほうがいいと聞いていた。その予想は思ったより早く的中してしまった。 2006年もじき終わろうという大晦日は、風が冷たい夜であった。明るいうちに実家に帰るという予定を変更して、護国寺の駅を降りた。坂を上り、住宅街を歩くと、影絵のように聳える煙突が目に留まった。夜道に煙突を発見してはっとする感覚は久しぶりだった。思えば今年はほとんど新しい銭湯を開拓していない。この日、月の湯を訪れたのはそんな1年の銭湯巡礼を反省してのことでもあった。 玄関を入ろうとすると、ちょうど出てきたお婆さんたちが口々に「淋しいねぇ」「今度は一寸遠くなるねぇ」などと話している。 脱衣場に入ると、おかみさんが「こんばんは」と人懐こい笑顔で挨拶してくれた。最終日、おかみさんは足繁く通っていたであろう常連さんたちに囲まれて忙しそうにしている。そんな常連さんたちから贈られたと思しき花束やアレンジメントは、冷蔵庫の上で華やかなのにどこか淋しげであった。 建物はさすがに立派だった。太く深い格天井、繊細な木彫りの欄間、番台の艶。何十年も時間が止まったかに思える広告看板。鍵のない年代物の木製ロッカー。 浴室に入ると、つきあたりの浴槽の上のタイル絵が目を引く。「お客コイコイ」の願いが込められた鯉のタイル絵である。年月を経て、色が所々くすんでいる。その上には今はめっきり少なくなった広告看板が並ぶ。そして更に上には早川利光氏の「追貝渓谷」のペンキ絵。 浴槽は古めかしい色合いを帯び、首のもげた親子の鳥と思しき小さな石像がついている。もげた部分の丸みが、その久しい年月を物語っている。 そんな内装に気をとられている間にも、浴槽の湯の温度を気にして、おかみさんが何度となく釜場と脱衣場を行き来する。少し前に行った地方の銭湯でぬるい湯に悩まされてきたばかりの私には、そんな配慮が嬉しい。 利用客はそれぞれが名残惜しそうにおかみさんの長年の苦労をねぎらい、休業を残念がって最後の長話を愉しんでいった。気さくな雰囲気のおかみさんはそんな常連さんの後ろ姿に番台から声をかける。 「今度はもう一軒の方に通ってあげて。でないとまたお風呂屋さんがつぶれてしまうから。」 月の湯の休業を残念に思っているのは誰より番台を守り続けたおかみさん自身だろう。にこやかでありながらもふとした時に表情に淋しさが滲む。 こんな時はたいてい居心地が悪い。休業するからとあわてて訪れたミーハーなヨソモノの私である。最初で最後なのが最大の引け目だ。銭湯は利用客の減少でつぶれているのに、休業すると知って初めて訪れたのでは遅いのである。我ながら情けない。 そんなヨソモノの引け目で、普段ならめったに常連の会話に混じったりはしない。だが、この日は不思議と脱衣場全体が緩やかな会話の輪になって、友人の店子の存在も幸いして比較的たくさん話を聞くことができた。 おかみさんは建物の価値をしっかりと理解していて、飽くまで今は休業という形で、すぐに廃業・解体などということは考えていないという。 「この建物の価値をわかってくれる人がたくさんいたら、保存ということにもなるんでしょうけど…。」 おかみさんのそんな言葉が胸にしみる夜だった。 こうして最初で最期の日の月の湯に異例の長居をして、2006年は幕を下ろした。年の瀬の寒風吹きすさぶ坂道を、私は駅へと急いだ。 ※追記 2007年1月下旬より営業再開。しかし休業前より営業は縮小し、火・木・日曜の週3日のみ。 |
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