東京浪漫劇場 > インデックス > 東京湯屋巡礼 > オフロ・アート―銭湯の背景画―展

去る2002年3月2日(土)、東京都三鷹市芸術文化センターにて
「オフロ・アート〜銭湯の背景画〜」展が開催されました。
この頁は、初日に行われた

現役の銭湯の背景画家(ペンキ絵師)3名によるペンキ絵の実演の記録です。

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まず、3名の絵師の略歴を、会場にあったパネルより引用して御紹介しましょう。


◆丸山清人さん
 昭和10年東京都生まれ。背景広告社代表であった親戚の丸山喜久男氏に弟子入りして背景画家となる。師匠から受け継いだ繊細な松の書き方が特徴。主な担当は杉並区、大田区、三多摩地区、千葉県、神奈川県の一部。


◆早川利光さん
 昭和11年福島県生まれ。地元の銭湯に描かれていた背景画に感動し、その作者に弟子入りを頼み上京。岩にぶつかる波しぶきや迫力ある富士山の青が特徴。主な担当は台東区、荒川区、足立区、文京区、武蔵野市、千葉県、埼玉県の一部。


◆中島盛夫さん
 昭和20年福島県生まれ。丸山清人氏と同じく丸山喜久男氏に師事。最近では病院や老人福祉施設、個人宅などに背景画を描く依頼も受けているそう。主な担当は目黒区、品川区、世田谷区、北区、三多摩地区、神奈川県、千葉県、埼玉県の一部。
(会場掲示のパネル内容より一部リライト・参考資料提供:町田忍氏)

 今回は、3名の絵師が同じ場所に揃うのも初めてならば、それぞれが一枚ずつ富士山を描くという過去に例をみない一大イベント。更に実況は銭湯博士として当劇場でもお馴染みの庶民文化研究家・町田忍氏という、豪華なキャスティングとあって、当日の会場には多くの観客が詰めかけました。

 実演が行われる地下一階のスペースは「三鷹湯」なる仮想銭湯の設定が施され、男湯・女湯の暖簾が懸けられた入口をくぐると、正面左側から中島さん、丸山さん、右側に早川さんの並びで大きな白のキャンパスが据えられています。偶然なのかセットなのか、この会場の天井が東京型銭湯の典型である、中央が高く左右湯気抜き窓がある「あの」つくりにそっくりなのです。

 観客の顔ぶれは老若男女様々で、如何に銭湯の背景画が多くの人の関心を集めているかに驚かされました。

 3名のペンキ絵師と町田氏の簡単な紹介が終わると、いよいよ実演がスタート。私は運良く一番左側の中島さんの真正面の最前列を陣取ることができました(位置の関係で写真の内容が若干偏っています、ご了承下さい)。
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 まずは下絵から。中島さんと早川さんは勢いよく刷毛でアウトラインを描いていきます。一方、丸山さんは青のチョークを使って丁寧に下描きをしていきます。当日はまっさらなキャンバスが用意されていましたが、普段銭湯で仕事をする時は以前の絵の上に重ねて新しい絵を描くため、剥がれたペンキを削り落とす作業などが入るとのことです。

 次に空の着色ですが、ここではペンキ絵には中島さんが最初に使い始めたというローラーが登場。なんでもペンキ絵師の弟子は「空塗り3年」といわれ、まず空の色を塗ることからはじめるのだとか。この空の色ひとつをとってみても、三者三様で微妙に色が違います。空から徐々に淡くクラデーションをつけて、瞬く間に立体的な雲を描いてゆくさまは実に見事!

 次はいよいよメインの富士山です。一言で富士山といっても、様々な角度や距離感、季節、気候などによって見え方がまったく違います。また、架空の風景を織り交ぜながら描くことも多いため、それぞれのペンキ絵師が描く富士山には多くのパターンがあります。

 既に御存知の方やお気付きの方もいらっしゃるでしょうが、銭湯の背景画の構図では富士山に限らず、必ずと云って良いほど「水」が手前に描かれています。それは海であったり湖であったり渓谷であったりと様々ですが、これには大まかに次のような理由があるといわれています。銭湯は建築様式が神社仏閣を思わせることや、湯に浸かった気持ちよさから思わず「極楽、極楽」と呟いてしまうことなどから、利用者にとっては極楽浄土を体感するような「非日常」の空間。富士山を筆頭に様々な景勝地の手前側に水を配することで、あたかも風景の水辺と湯が一体化しているような感覚を覚え、ますますリラックスできるからだといわれています。

 果たして今回の3作品にも手前に水が配されるようです。中島さんは全体の色彩を少しずつ塗りながら、徐々にテクスチャーを加えてゆきます。勢いよくキャンバスの右へ左へと小走りに移動しながらの着彩する様子は、間近で見ると迫力満点。色が塗られている部分が多いだけに、丸山さんや早川さんよりもペースが速いように感じられます。一方の丸山さんと早川さんは、画面の上のほうから徐々に、丁寧な筆致で着彩していきます。上から順に完成させていくのか...と思いきや、ちょうど良いタイミングで町田氏の実況が、「まだまだ下塗りの段階」と伝えます。

 今回出演の3名の絵師の中では、丸山さんが中島さんの兄弟子ということで、時折中島さんが隣の丸山さんのキャンバスの枠に色を塗ったり、ちょこちょこと動いては他の2作品の過程を偵察(?)に行くなど、微笑ましくユニークな動きが会場の笑いを誘いました。初めての「現役ペンキ絵師揃い踏み」であるだけに、3名とも普段はなかなか見ることのない他の絵師の作品が気になる様子でした。

 さて、3名のペンキ絵師が背景画を制作している最中には、観客からの質問が多く寄せられました。ペンキ絵を描いた後、絵師の入浴は無料なのか? それぞれ大体年間何件くらいの背景画を描くのか? 現役の煙突掃除屋さんは東京にどのくらいいるのか? など、銭湯に関する雑学的な質問に、町田氏が時々製作中の絵師に話を振りながら丁寧に答えていきました。ちなみにペンキ絵は一般の内風呂にも、要望があれば描きに行きますよ! とのことでした。興味がある向きは一度問い合わせてみては?

 そうこうしているうちに、ペンキ絵の実演も仕上げの段階です。予定時間より遅れているとのことでしたが、開始から仕上げに入るまでに約2時間半、といったところでしょうか。他の2名の絵師に比べて描くペースが速いように感じられた中島さん、そろそろ完成? と思ったその時、突然画面のやや右側にしゅるしゅると茶色の太い線を描き始めました。これには観客もざわめき、他の2名の絵師達も一瞬手を止めて中島さんの方を見ます。「失敗!?」という町田氏の実況に微笑みながら、中島さんはトントンと叩くような筆遣いで緑を描き足し、あっという間に2本の松を作ってしまいました。このパフォーマンスには観客も大喜びでした。

 かくして3名それぞれの作品が完成しました。丸山さんの富士山の手前には、静謐という言葉がぴったりの穏やかな湖が描かれ、全体的に淡く落ち着いた色彩でまとまっています。早川さんの作品は鮮やかな富士山の青が印象的で、力強く岩を叩く波の飛沫がアクセントを添えています。中島さんはといえば、アクティブに描きこまれた躍動感あふれる絵となり、手前の「水」は動きの豊かな渓流になりました。三者三様の個性が光る作品は、三鷹市芸術文化センターに今後も保管・展示される予定とのこと。それぞれの絵師の画風の特徴を知り、銭湯めぐりの楽しみのひとつとしてみては如何でしょう。

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**完成**

丸山清人 画
     早川利光 画     中島盛夫 画

★ペンキ絵製作について
このページで「オフロ・アート」展のレポートを掲載したところ、「ペンキ絵を描いてほしいので絵師の方の連絡先を教えてほしい」とのお問い合わせが多数寄せられました。お問い合わせいただいた方や、ご自宅にペンキ絵を、とお考えの方には大変申し訳ないのですが、このページは、私が一観客として取材の上、レポートをしたものに過ぎず、私の方では、絵師のお三方の連絡先などは存じ上げておりません。よって、お仕事のご依頼もこちらから取り次ぐことはできかねますので、悪しからず御了承下さい。