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銭湯とは、実に非日常的で不思議な空間です。
普段の暮らしではなかなか目にすることのないような、
興味深いものに溢れています。
銭湯に行ったなら、その非日常的空間を演出する、
舞台装置とも云うべき建築にも着目してみては如何でしょうか。
◆
*番台式とフロント式*
現在、銭湯の入口の形式は大きく分けて「番台式」と「フロント式」の二つのタイプがあります。同じ銭湯でも、両者は雰囲気や入口に大きな違いがあります。次に、それぞれの特徴をまとめてみました。
番台
番台の装飾
◆番台式
番台式にも大きくふたつのタイプがあります。ひとつは玄関の空間が男女一緒で、左右にそれぞれの下駄箱があり、脱衣場の入口が男湯と女湯に別れるタイプ。もうひとつが玄関から下駄箱、脱衣場の入口まですべて男湯、女湯が別々のタイプ。この2タイプが代表的ですが、いずれも中に入るとすぐ脱衣場になっています。脱衣場に入ってすぐの、男女湯間の仕切り部分に、玄関を背にして浴室側を向く形で「番台」と呼ばれる台が据えられています。そこには常に銭湯のおかみさんや御主人が座り、ここで利用客とのやり取りのほとんどをこなします。番台の高さは平均1メートル30センチくらいだそうで、番台からは男女湯両方の脱衣場はもとより、硝子戸をはさんだ浴室の隅までしっかり見えるようになっています。番台での仕事は大きく次の通り。
・入浴料を受け取る
・飲み物や浴用品など、物品の販売
・板の間稼ぎ(脱衣場でのスリ)の監視
・浴室の監視(具合が悪い利用客はいないか、トラブルがないかなど)
・利用客との会話
番台式では、直におかみさんや御主人と服を着ながら、髪を乾かしながら世間話をしたりすることができる反面、近年では裸を見られたくないと敬遠する向きも少なくないようです。
しかし、番台式の銭湯は古いものであることが多く、宮造り銭湯の多くは番台式です(中には内部を改装してフロント式にしているところもあります)。建築的価値や観察の面白さの面では、番台式の方が数段魅力的といえるでしょう。よくドラマなどに登場する「銭湯」のイメージは主にこちらです。また、名曲「神田川」の中の情景は、まさに番台式ならではのものです。
◆フロント式
フロント式では、玄関はひとつで下駄箱も一箇所です。中に入ると文字どおりフロントがあり、そこで入浴料を払った後、男女それぞれの脱衣場及び浴室へとわかれます。フロントでは他に物品の販売や鍵の貸し出し(脱衣場のロッカーの多くは鍵をつけたままで好きな場所を使うことができますが、たまにフロントで鍵を管理している銭湯もあります)、などを行います。なかには喫茶店などを併設しており、フロントに立ちつつおかみさんが喫茶店の店番をしているなどというところもあります。
フロント式の最大の利点は、フロントという中間的な場所の存在です。例えば家族や男女で銭湯に行く場合、番台式では脱衣場を出たらすぐに外なので、家族や相方が出てくるのを外で待たなくてはなりません(番台のおかみさんや御主人は大抵気を利かせて脱衣場で待たせてくれることが多いですが)。その点、フロント式は初めから待ち合わせに配慮されているところが多いので、テレビなどを観たりしながらのんびり待つことができます。また、番台式のようにおかみさんや御主人に見られているという感覚がないので、若い女性客などには人気があるようです。番台式からフロント式に改装する銭湯が多いこともあり、比較的きれいで新しい銭湯が多いのも特徴です。
最近、番台式の銭湯はフロント式に比べてめっきり少なくなりました。
どちらがよいということは一概には云えませんが、東京湯屋巡礼では、番台式の銭湯を優先的に巡礼しています。
◆
*銭湯建築の観察*
銭湯の空間を演出する、建築意匠の数々。それぞれの銭湯によってその形態は実に様々です。いろいろな銭湯を巡るうちに、自分の気になるポイントがきっと見つかるはず。東京湯屋巡礼の醍醐味はまさにここにあります。
煙突
◆煙突
地方の銭湯には煙突がないそうで、これもまた東京型銭湯の大きな特徴といえるでしょう。今でも低層の住宅地の中に聳える一本の煙突は、そこが銭湯のある街だということを来訪者に知らせるこの上ない目印となっています。ひと口に煙突といってもいくつもの表情があり、注目してみると意外に面白いものです。銭湯の煙突がある風景というのも、今となっては郷愁を誘う貴重なものとなりました。
破風
◆破風
宮造りの東京型銭湯にみられる特徴のひとつにこの破風があります。三角の「千鳥破風」、左右対称に「へ」の字のようなカーブを描く「唐破風」が銭湯建築に見られる代表的な破風です。これらを備えた宮造りの銭湯の出現は関東大震災の後のことで、震災復興期に宮大工が墨田区に建てた銭湯が始まりといわれています。
懸魚
◆懸魚
銭湯の入口、主にカーブを描く唐破風の下に、立派な木(場合によっては漆喰)の彫刻が懸かっていることがあります。これが「懸魚(げぎょ)」です。鶴や松、七福神などといった縁起物を題材にすることが多く、立派な銭湯のステータスでもあります。
◆錠前
ここでいう錠前とは、主に下駄箱や傘入れ、脱衣場のロッカーなどの錠前部分の意匠のことを指します。銭湯の入口の多くに備えられている下駄箱には、古いものは木製、新しいものはプラスチックなどの板を差し込む、昔ながらのスタイルの錠前がついています。銭湯に行ったなら、その板を差し込む金属の部分に注目してみましょう。何軒か廻ってみると、これには様々な種類があることがわかります。珍しいメーカーのものを探したり、同じメーカーのものでも年代によって変遷があるので、進化の過程を想像するのも一興です。
*関連コンテンツ:
「錠前博物館」
折り上げ格天井
◆天井
東京の銭湯の多くにみられるのが、格天井とよばれるつくりです。これは、天井板を支える竿を文字通り格子状に渡した天井のことで、銭湯以外には寺社仏閣などによくみられます。中でも四辺がS字の木材によって持ち上げられたようになっているものは特に「折り上げ格天井」とよばれ、日本建築の中でも最上級とされている豪華なつくり。変わったところでは、格子の□部分にずらりと絵が填め込まれている銭湯などもあります。
*関連コンテンツ:
「桜湯回想」
扇風機(ファン)
中央にひとつだけのファン
◆扇風機(ファン)
脱衣場には、湯上がりの火照った体に心地よい風を送る、巨大な扇風機が備えられていることが多くあります。業務用のものが置かれているだけのところもありますが、梁の部分についていたり、天井から吊り下げているところも多く見かけます。この扇風機にも所謂一昔前の「扇風機風」のものと、プロペラのような形状のものと
があります。男湯、女湯それぞれについていることが多いのですが、注意して観察していると、たまに男女の仕切り板の上あたりにひとつだけついているところがあります。このような銭湯は、旧くからの歴史ある銭湯であるという話を聞いたことがあります。
◆中庭
東京の銭湯の特徴のひとつに、中庭の存在があります。多くは脱衣場の窓の外に岩や池、植物などを配した小さなものですが、中には滝が作られていたりする豪華なところも。池には鯉を泳がせるのが定番で、タイル絵同様「お客コイコイ」にかけているともいわれています。特に盛夏の夕暮れなどに脱衣場の窓を開け放ち、中庭から吹き抜ける心地よい涼風で火照った体をクールダウン、とはまさに至福のひとときです。
◆ペンキ絵
銭湯といえば富士山、というほど、一般に広く定着している銭湯のペンキ絵。その発祥は大正元年、東京・神田猿楽町の「キカイ湯」で、子供が喜んでお風呂に入るようにと考え出され、画家・川越広四郎氏の手によって描かれました。
東京型銭湯の大きな特色であるペンキ絵があるのは浴室のつきあたりで、ちょうど湯船の上の壁の部分。男女に一枚ずつ別の絵がある場合と、男女の浴室にまたがって大きなひとつの絵が描かれている場合とがあります。ペンキ絵の大きさは新しいところ程大きく、旧い銭湯のものは控えめな大きさであることが多いようです。古くは板壁や木枠に布を張り、その上から描いていたそうで、これは今ではまれにしか残っておらず、たいへん貴重なものとなっています。
ペンキ絵の題材で圧倒的に多いのはやはり富士山。その理由は、やはり日本の象徴であること、古くから信仰の対象として崇められていること、末広がりで縁起がいいことなどが挙げられます。
反対に、ペンキ絵で描いてはいけないとされる題材は、猿(客が「去る」)、夕日(沈んでいくため)、紅葉(葉が落ちる、赤くなる=赤字になる)などがあります。
ペンキ絵は、かつては年に一回、絵の下にある広告看板の更新の際に、広告代理店のサービスとして描きかえられていたものでした。現在では、広告が昔のように多くは入らなくなってしまったため、ほとんどの銭湯が実費で専門のペンキ絵師に依頼し、描きかえてもらっているということです。そういったことから、必ずしも年に一回描きかえるというわけには行かなくなっているのが現状です。
現在、東京で現役で活躍するペンキ絵師は丸山清人さん、早川利光さん、中島盛夫さんの3名。またペンキ絵は富士山以外にも様々な題材のものがあるので、それぞれのペンキ絵師の特徴をつかみ、見比べながら銭湯巡りをするのも面白いのではないでしょうか。
*関連コンテンツ:
「オフロ・アート-銭湯の背景画展-の記録」
タイル絵
◆タイル絵
絵付けタイルを並べて絵を作るタイル絵は、ペンキ絵と並んで注目したい銭湯のグラフィック要素です。
タイル絵がよく貼られているのは、主に玄関の両脇、番台式の玄関を入ってすぐの正面で男湯・女湯の入口の間(番台と背中合わせの壁部分)、浴室の男・女湯の仕切り板、浴槽のすぐ上の壁(ペンキ絵の下)、など。中にはペンキ絵の代わって浴室のつきあたりに巨大なタイル絵を備えている銭湯もあります。
その題材は、風景や鯉、お伽話のワンシーンなど様々なものがあります。特に、お伽話は母親が子供にお話を聞かせながら湯に入れられるようにとの配慮から、女湯に多い題材です。
また、浴室のつきあたり、ペンキ絵の下に横長に貼られるタイル絵には「お客コイコイ」の縁起を担いでか、鯉が描かれることが多いようです。タイル絵の鯉が湯に映り込んで、鯉が湯の中を泳いでいるように見せるというねらいもあるのだとか。ちなみに、鯉の動きに勢いがあるものほど、描かれた年代が新しいといわれています。
さて、タイル絵を見つけたら、その銘にも注目してみましょう。
タイル絵もペンキ絵同様、絵師がひとつひとつ手描きで描くもので、よく見るとタイル絵の隅に小さく銘が入っています(ないものもあります)。中でも一番数が多いのが「章仙」という絵師のもの。戦後間もない頃から昭和50年代まで、数多くのタイル絵を手掛けてきた絵師で、一説によると東京の銭湯のタイル絵の7割が彼の作品であるともいわれています。
また、銘の傍に「鈴榮堂」という印があるものがあります。鈴榮堂は「章仙」氏のほか何人もの絵師を抱え、九谷焼の絵付けタイルを製作していた金沢の会社です。タイル絵を発案した社長が、昭和5年頃から自らタイル絵の見本帳を持って全国を営業して廻ったことから、タイル絵は全国に広まりました。
ペンキ絵に比べて若干お目にかかれる機会が少ないように思われるタイル絵ですが、渋い色合いで描かれた鯉や風景には、ペンキ絵とはまた異なる魅力があります。
*関連コンテンツ:
「桜湯回想」
◆モザイク画
小さくカラフルなタイルを組み合わせて絵を作るモザイク画は、主に浴室の男湯・女湯の境や、ペンキ絵の下などに貼られていることが多いものですが、中には浴室の壁全体に巡らされている大がかりなものもあります。
モザイク画には正方形のタイルを組み合わせて絵を作るものと、ランダムな形のタイルを組み合わせているものの二種類があります。題材はほのぼのとしたスイスの風景や熱帯魚などで、いくつかのパターンの中から選んでいることが多いため、同じモザイク画を別の銭湯で見ることもあるとか。
広告看板
◆広告看板
脱衣場では男湯と女湯の仕切り板部分や鏡の傍、浴室ではペンキ絵の下の部分に貼られていることの多い広告看板。これはテレビが普及する以前は重要な広告媒体でした。多くの人が集まる社交場である銭湯は、広告を出すにはもってこいの場所。大抵は近所の商店や病院などの広告で、平成の今になっても、キャッチコピーや配色がどこかレトロで微笑ましいものが多いのが魅力です。主に琺瑯やプラスチックなど、湿気に強い素材で作られています。その他にも注意書きなどの隅や、鏡などの備品にも広告が出ている場合があるので、色々と探してみると面白いでしょう。
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